慢性疼痛患者に対するリハビリテーション~運動療法と徒手療法は有効なのか?~

理学療法士
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臨床現場で多くの理学療法士が対峙する機能障害の1つが『疼痛』ではないでしょうか?

恥ずかしながら先日知ったのですが、令和2年7月16日にIASP(国際疼痛学会)は41年ぶりに痛みの定義を改定したそうです

それに準じて日本疼痛学会が日本語に訳して下さり

『実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験』

と定義しています

更に定義内では記し切れないとして6つのnoteが付け加えられています

詳細は↓

http://plaza.umin.ac.jp/~jaspain/pdf/notice_20200818.pdf

それぞれ重要な内容なのですが、個人的には『痛みと侵害受容は異なる現象です。感覚ニューロンの活動だけから痛みの存在を推測することはできません』というnoteが興味深かったですね

要するに感覚神経を伝わって来ていなくても、脳で痛みを感じる場合も正式に『痛み』だという事ですね

同じ様に、疼痛の定義内にある感覚だけでなく『情動の不快な体験』という部分も重要な部分ではないでしょうか?

今回は疼痛の中でも慢性疼痛患者さんに対するリハビリテーション、その中でも運動療法と徒手療法に焦点を当ててまとめておこうと思います

疼痛に関するリハビリテーションに関しては↓の本がおススメです

データやエビデンスに基づいた内容が多いので、療法士も納得して読む事が出来ると思います

少し前の書籍にはなりますが、図解で理解しやすかったのは↓の本

初めて痛みとは何なのかを学ぶには、こちらも理解しやすいかもしれません(↑中古しか見つかりませんでした)

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慢性疼痛について

まず慢性疼痛の定義ですが、国際疼痛学会は

『治療に要すると期待される時間の枠(通常3か月)を超えて持続する痛み、あるいは進行性の非ガン性疼痛に基づく痛み』

慢性疼痛診療ガイドラインは

『典型的には3か月以上持続する、または通常の治癒期間を超えて持続する痛み』

としています

そして、これも恥ずかしながら同じ機会に知ったのですが、慢性疼痛は2018年6月にWHO(世界保健機構)から正式に公開された国際疾病分類第11版(ICD-11)に、国際疼痛学会(IASP)が開発した分類にて初めて記載されたそうです

つまり『慢性疼痛』は疾病だとWHOが認めたという事になります(日本においては少し対応(発表)が遅れているそうです)

処方箋に『慢性疼痛』と明記されるのが当たり前になって来る日も近いのかもしれませんね

慢性疼痛患者さんに対するリハビリテーション

慢性疼痛患者さんに対するリハビリテーションについては慢性疼痛診療ガイドラインから考えてみましょう

ガイドラインは↓からダウンロード出来ます

慢性疼痛診療ガイドラインPDFの公開 | 一般社団法人 日本口腔顔面痛学会
本年6月に発刊されました慢性疼痛診療ガイドラインにつきまして、慢性疼痛診療ガイドライン作成ワーキンググループの伊達久先生(仙台ペインクリニック)よりPDFをお送りいただきました。下記よりダウンロードいただけますので、

ガイドラインの中で『一般的な運動療法は慢性疼痛に有効か?』という質問があり、回答としては

『一般的な運動療法は、慢性疼痛患者の痛みおよび機能障害の改善に有用である。ただし、他の運動療法と比べるとそれらの効果に大差はない。また、包括的な生活の質(QOL)については、それ単独による向上は認められず、他の治療と併用する必要がある』

とされており、推奨度は『施行することを強く推奨する』になっています

注意点としては、この中に肩こりと線維筋痛症は含まれていません

要するに、慢性疼痛に対して運動療法は『有効である』可能性が高い

一方で『徒手療法は慢性疼痛に有用か?』という質問もあります

療法士が好んで用いる徒手療法に対する回答としては

『徒手療法は無治療と比べて痛みや機能障害の改善効果が認められるが、運動療法などと比べるとそれらの効果に大差はない。また、徒手療法単独では包括的な生活の質(QOL)の向上は認められない。これらの結果を示すエビデンスの質は低く、慢性疼痛に徒手療法を導入する際には、その是非について十分に吟味する必要がある』

とされており、推奨度は推奨なし

要するに慢性疼痛に対して徒手療法は『有効ではない』可能性が高い

こういったデータが全ての患者さんに当てはまるとは思いませんが、私自身も今一度エビデンスに基づいたアプローチをする必要があるなと感じました

慢性疼痛に対する運動療法

運動療法に関しては昨今『運動誘発性鎮痛(exercise-induced hypoalgesia:EIH)』が注目されているそうです

例えるならば『ランナーズハイ』の様な現象です

ランナーズハイと同じ様な運動による疼痛緩和(以下EIH)と気分改善効果は、慢性疼痛患者に対する運動療法でも期待出来ると考えられています

またEIHは運動中または運動後に主観的な疼痛強度の減少および痛覚閾値(痛みを感じる最低の刺激量)や耐性値の増加を特徴とする

また、EIH効果は運動した部位だけでなく対側や遠隔部のような全身広範に及ぶことから、有痛罹患部(痛む部分)を無理して動かす必要がなく、疼痛患者の治療としては最適といえる

つまり、右肩の痛みが強くて直接触れる事が難しい場合でも、左肩の運動をしたり、自転車エルゴメーター等を用いて運動する事で右肩の疼痛も緩和する可能性があるという事になる

EIHの脳内メカニズムに関してですが、慢性疼痛があると中脳に抑制系の神経伝達物質であるGABAを分泌させる事で快楽に繋がる神経伝達物質であるドーパミンが分泌されにくくなります

その結果、本来感じられるはずの多幸感や爽快感、意欲の向上等が起こらなくなる為に(気持ちのいい感覚を感じられなくなる)痛みを感じ続ける事になります

ではそういった状態に運動療法を実施するとどうなるかというと

運動を行う事でGABAの分泌を抑制出来るそうです

つまり、運動療法を行う→GABAの分泌が抑制される→ドーパミンが分泌されやすくなる→多幸感や爽快感を感じられる様になる(ランナーズハイ状態)という流れがEIHが生じるメカニズムです

ではどんな運動を行えばEIHを効率的に利用する事が出来るのでしょうか?

運動処方に関してはFITTの原則を基に考えてみましょう

FITTとは運動頻度(Frequency)、運動強度(Intensity)、運動時間(Time)、運動の種類(Type)の頭文字を取ったものです

運動の種類としては近年、有酸素運動とヨガやピラティスの様なMind-Bodyエクササイズが良いという事がわかって来ているそうです

運動強度に関しては強過ぎる運動はEIHの効果の減弱と痛覚過敏が生じる可能性があるとの事

一方で、弱めの運動でもEIHの効果はあるという事ともう1つ大切なポイントとしては総活動量は多い方が良いそうです

要するに本人にとって心地よく感じる程度の運動を『継続する』事で結果的に総活動量も増え、EIHの効果が出やすくなるのではないでしょうか?

低負荷×高頻度の考え方は昨今の筋力増強の捉え方にも通じる部分がありそうですね

私も含め自戒を込めて書かせて頂くならば、まだまだ療法士の多くは徒手療法の力を高める事が全てという人が多い様に感じます

私自身も徒手療法が好きですし、患者さん受けも正直良いですよね

ですが、慢性疼痛診療ガイドラインの推奨度から考えるならば、徒手療法は運動療法のサポート程度に留める方が良いのかもしれません

私を含む、臨床で働く療法士の多くは運動療法よりも徒手療法の方が中心になっていないでしょうか?

いきなりは無理でも少しずつ運動療法にかける時間を増やしていく必要性があると思いますし、徒手療法で疼痛を軽減させてから動作能力を考えるのではなく、まずは安全に動ける環境を整備した上で、徒手療法を活用した方が疼痛緩和という部分だけでなく、下肢筋力の側面から考えても有意義なのではないでしょうか?

まとめ

今回は慢性疼痛患者さんに対するリハビリテーションとして運動療法と徒手療法について掘り下げてみました

簡単にまとめると、運動する事でEIHの効果が生じる

EIHは痛みがある部位でない所の運動や全身的な運動でも鎮痛効果が起こる

運動強度は低くても良いので、心地よい程度の運動を『継続』する事が大切という事になります

最後に付け加えさせて頂くならば、慢性疼痛がある患者さんに運動療法を実施する事自体は構わないのですが、運動を実施する前に栄養面のチェックもあわせてして欲しいですね

慢性疼痛があるからといって、低栄養の患者さんに活動量の多い運動を行うと余計に弱る可能性もあるからです

更に炎症疾患を抱えている場合は、通常の人よりも消費エネルギーが大きいという側面も忘れないで欲しいですね

慢性疼痛患者さんには運動療法が有効だという事を知る事は大切なのですが、その部分だけを切り取って、後の事は何も考えず、運動療法ばっかり実施するのではなく、様々な視点からベストな方法を考えられる療法士でありたいものですね

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