バリアフリー2023に参加し、群馬県にある内田病院の理事長田中志子先生の講演を拝聴させて頂いたのですが、改めてリハビリテーションとは何かを考えさせられました。
昨年のバリアフリー2022では神戸学院大学総合リハビリテーション学部教授の備酒伸彦先生の講演に心を鷲掴みにされましたが、今年は内田病院が仕掛ける街づくりの話に自然と身体が前のめりになって聴いている自分がいました。
昨年の備酒先生の講演内容をまとめたブログは↓
当日の田中先生の講演テーマは『身体拘束ゼロの認知症ケア』であり、身体拘束ゼロを実現するまでの過程、現状もとても聴き応えのある講演だったのですが、今回は内田病院が仕掛ける街づくりに焦点を絞って紹介させて頂きます。
病院が仕掛ける街づくりを通じた地域リハビリテーション
内田病院は病院以外にも介護老人保健施設や特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅等、いくつもの事業を展開されているのですが、講演を聴き、著書を読ませて頂いた中で印象に残っている取り組みが5つあります。
- SONATARUE(ソナタリュー)
- 農業
- 認知症にやさしい地域づくりネットワーク
- 病院内のセレクトショップ
- 移動型コンビニ事業
1つ1つの取り組みに明確な目的があるだけでなく、最終的にはリハビリテーション(その人らしい生活を支援する事)へと繋がっている事に本当に驚きを隠せませんでした。
今一度伝えさせて下さいね。
この取り組みは全て『病院が』仕掛けている事なんです。
それでは1つずつ紹介させて頂きます。
SONATARUE~年齢も障害も病気も関係ない地域の居場所~
5つの中でも1番驚いたのがSONATARUEという共生型施設。
SONATARUEには天然温泉、レストラン、カフェ&BAR、介護予防教室、グループホーム、就労継続支援B型、放課後デイサービス、生活介護に加え、真ん中には子供達が遊べるアスレチック公園があります。
SONATARUEに関しては↓
SONATARUEの事を知り、驚いた事は仕組み作りと地域住民の巻き込み方。
田中先生は障害をもつ親御さん達との会話の中から必要性を感じ、放課後等デイサービスを開設。
親御さん達に大変喜ばれたそうですが、一方で『利用出来なくなった時の事を考えると不安』という声もあったそうです。
そういった声を参考に就労継続支援B型事業所とグループホームも開設し、SONATARUEにある天然温泉やレストラン、カフェ&BARでは障害をもつ方々が働かれています。
具体的には温泉では清掃やシャンプーリンスの交換、カフェ&BARでは実際にパンを焼かれたりしているそうです。
また、HPを見て頂けばわかる様に1つ1つの施設がとても魅力的なんです。
『障害をもつ方々の就労の場であるからこそ、多くの障害のない人に来て欲しい』
そういった想いもあり、地域住民だけでなく、多くの旅行客が食事や温泉を楽しみに訪れているとの事。
障害があっても『働きたい』と感じている人はいて、実際に働ける場所がある事でご本人だけでなく、親御さん達の安心感にも繋がっている事でしょう。
障害を持つ方々と地域住民の関わりだけでなく、子供達と高齢者の関わりもあります。
田中先生ご自身の経験から仕事と育児の両立を図る環境作りの為に企業主導型保育事業として保育園の運営もされており、取り組みの1つとして園児が病院や施設を訪れ、高齢者と交流しているそうです。
また、天然温泉には足湯が併設されており、園児と高齢者、地域住民が一緒に足湯に浸かりながら交流する機会もあるとの事。
SONATARUEの中心にはアスレチックツリーハウスがあるのですが、どうしても地域の子供達と障害を持つ子供達が一緒に遊べる場所を作りたかった田中先生はクラウドファンディングに挑戦され、目標金額のほぼ倍である約600万円を集める事に成功、見事にその環境を実現されます。
障害の有無を問わず、子供達が一緒に遊べる場作り。
そして、その子供達をそっと見守る地域住民や認知症高齢者。
多くの目があるからこそ、お母さん達は安心してCafeで休息でき、そしてCafeでは障害を持つ方々がしっかりと働かれている。
要するに田中先生は障害や認知症があろうがなかろうが、子供だろうが高齢者だろうが、何なら地元民であろうが、なかろうが『ごちゃまぜに交流出来る場所』を作られています。
話は少しずれますが、神奈川にある『あおいけあ』という小規模多機能型施設でも職員が小さな子供を連れて出勤しています。
施設には多くの認知症高齢者がいて、職員の子供達を見守り、お世話をしています。
施設に入った場所には駄菓子屋があり、地域の子供達が当たり前の様に買いに来て、認知症高齢者が対応します。
『そういう環境の中で育った子供達が大きくなった時に認知症に対して偏見を抱くでしょうか?』
施設の代表である加藤忠相さんのとても印象に残っている言葉です。
個人的には田中先生にも加藤さんに近い想いがあるのではないかなと感じました。
SONATARUEというネーミングには『そなた(あなた)流』という意味も含まれているそうです。
まさにSONATARUEは障害や認知症の有無、年齢や世代関係なく『あなたらしくいられる場所』なんですよね。
農業を通じたリハビリテーション
内田病院は裏手にある空き地を『みんなのはたけ』として開放し、野菜づくりを行うという活動もしています。
地域の方達や軽度認知症の方達には『生きがい就労』の場として参加してもらい、入院患者さん・施設利用者さんには『意欲向上・機能回復』の場として利用してもらっているそうです。
更に地域の子供達には『遊びながら学び、世代間交流を図る』場として加わって欲しいというのがこの活動の狙い。
また『畑仕事はしてみたいけれど、1人ではなかなか始めにくい』といった方達に気軽に参加してもらえる様にしているとの事。
今でも病院の受付前で採れたて野菜の販売を行い、季節感溢れる新鮮な野菜が手に入るという事で、多くの方達から喜ばれているそうです。
身体が動く内は畑仕事がしたいという方や『畑仕事はしてみたいけれど。。。』という方にとって気軽に畑仕事に取り組める環境は『その人らしい生活を支援する事』に繋がり、リハビリテーションになっていると考えます。
認知症の中で最も多いのがアルツハイマー型認知症ですが、海外の研究によると『生きがい(人生の目的)』の有無によって認知症の進み方が全く違う事がわかっています。
畑仕事が認知症高齢者にとって少しでも生きがいに繋がるのであれば、身体機能の維持だけでなく、認知症の進行を抑える事にも繋がるのかもしれませんね。
認知症にやさしい地域づくりネットワーク~子供達を巻き込んだ仕組み作り~
内田病院がある群馬県沼田市は日本全体より10年程度早く高齢化率30%を突破しています。
高齢化が進むにつれ、認知症になる確率は上がって来る訳ですが、田中先生は認知症になっても暮らしやすい街づくりを目指されています。
都市部であれば人の目が多く、認知症による1人歩き行動にも気づかれやすいという面があります。
一方、人の目が少ない地域ではどうしても見つけにくくなります。
沼田市は自然が豊かな地域ですが、1人歩きをする方にとっては命の危険につながりやすい環境だともいえます。
人の目が届きにくい山林や谷川、畑等に迷い込んでしまう可能性が高くなるからです。
その為、認知症の方が1人歩きによって行方がわからなくなった時には、すぐに見つけ出せる仕組みづくりが必要になって来ます。
その仕組み作りの一環として、毎年小学校で認知症学習や『命の宝さがし訓練』と称した模擬捜索訓練を実施しています。
子供達が認知症の事を知り、1人歩きについての知識があれば、1人歩きをしている方にも気づきやすくなるというわけです。
少し前にも書かせて頂きましたが、こういった取り組みを通じて、大人になっても『認知症の人は迷惑な人』と捉えなくなる事も期待されているそうです。
例え認知症になったとしても『その人らしい生活』が出来る。
まさにリハビリテーションそのものですが、その背景には周囲の人達の認知症に対する理解がある訳ですね。
病院内のセレクトショップ~オシャレもリハビリテーション~
2017年、内田病院には一般的な病院のイメージとは異なる華やかなセレクトショップがオープンしています。
コンセプトは『命輝く、オシャレで、心安らぐ病院内のオアシスショップ』で扱っている商品もデザイン性の高いケア・介護用品や衣類・雑貨等です。
例えばカラフルな色合いの杖やデザイン性の高い帽子、上品なアクセサリー等をセレクトして並べています。
ショップでは医療・リハビリとは関係ない商品も揃えていますが、これは入院・通所が必要な方にも、一般の人と同じ様にオシャレをしてもらいたいという想いがあるからです。
また、長期入院をしている患者さんには『買い物がしたいから、ちょっと見に行ってみよう』とリハビリを兼ねた運動になるとの考えもあるそうです。
致し方ない部分もあるとはいえ、入院するとまさに『病院食』という食器で食事が出て来る事が多いですよね。
同じ様に病院内にあるショップには『私達が身につけたいと思う様なオシャレな商品が少ない』といった患者さんの声を田中先生が形にしたという訳ですね。
ジュースを買いに行く、パンを買いに行く、服を見に行く。
動き出す理由は何でも良いのですが、ショップの存在が離床や活動量の増加に繋がり、廃用を予防出来るだけでなく『例え入院していてもオシャレがしたい』『自分らしくいたい』という願いを叶えている。
それも1つの『その人らしさ』であり、リハビリテーションではないかと考えます。
移動型コンビニ事業~住み慣れた場所に住み続ける為に~
2019年からは新たに移動型コンビニ事業を開始されています。
買い物が困難となっている地域の高齢者、いわゆる『買い物難民』と呼ばれる方達の助けになる事を願って始めたそうです。
買い物難民とは『食料品等の日常の買い物が困難または不便な状況に置かれている方達』の事です。
要は、近所に食料品や日用品を販売するお店がなくなった事で日常生活に不便をきたしている方達の事で、その多くは高齢者となっています。
また、こうした状況は『フードデザート(食の砂漠)』とも呼ばれています。
買い物難民は今後も増加の一途をたどると考えられており、特に高齢者については、買い物が難しくなる事が別の問題を引き起こすケースもあります。
まず、買い物に出かける機会が減る事で、家に引きこもりになってしまいがちな事です。
その事で社会的な孤立が高まる可能性が出て来ます。
コロナ渦にホテル療養を経験した者としては『孤独』は精神的にもかなり厳しかったですね。
個人差はあるかもしれませんが、ホテル療養中に感じた孤独に関してまとめたブログは↓
移動型コンビニ事業の内容としては、軽トラックに精肉や鮮魚・青果・惣菜・菓子・日用品等、およそ300種類以上の商品を積んで利用を希望する地域へ販売に行くスタイルをとっています。
利用希望の連絡を頂いた以降は週に1度のペースで訪れますが、必要がなければ無理に買い物をしなくても良い事にしているそうです。
最低購入金額等は設定しておらず、手送料も無料です。
定期的に訪ねる事で、その地域に暮らしている方達の安否確認が出来るので、その役割を果たせるだけで充分だと考えている為です。
利用している方達からは『実際に商品に手を触れて買うのは楽しい』『生鮮食品が買えるのは有り難い』と喜ばれているそうです。
住み慣れた場所でその人らしい生活をする事。
移動型コンビニ事業は過疎地域に住む高齢者のリハビリテーションを支援し続けているのですね。
まとめ
今回はバリアフリー2023に参加し、セミナーで拝聴した病院が仕掛ける街づくりの取り組みがとても刺激的だった為、振り返りも含めてまとめてみました。
紹介させて頂いた5つの事業や紹介しきれなかった身体拘束ゼロの認知症ケアに関しては田中先生の著書の中で惜しみなく紹介されていますので、ご興味があれば手に取ってみて下さい↓
田中先生には会場で直接お伝えさせて頂いたのですが、田中先生と内田病院が実践している事は街づくりを通じた『地域リハビリテーション』
著者の中でもインタビューとして紹介されていましたが、内田病院の取り組みは全国的にもまだまだ珍しい事例だと思います。
全国各地でこういった取り組みが少しずつでも増えていけばいいのになと1人のリハビリテーション専門職として感じました
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